WCSC29の一日目で印象に残った対局について少し書いておきます。
NNUEkaiの作者であるたややんさんの水匠相手に、やねうら王が後手で横歩を取らせてしまった将棋です。
やねうら王のテラショック定跡、直前のバージョンまでは初手26歩に対して34歩は決して突かなかったのですが、何故か本バージョンでは、34歩を最善じゃね?と言い始めました。おそらくは直前に掘っていた相掛かりが好ましくなかったため、宗旨替えしたのでしょうけども、テラショック定跡にはこういうことが多々あります。
まるで、人間の将棋の歴史にも似て、矢倉が流行ったり、雁木が流行ったりと、あっちの戦型が好ましくないと思ったら、こっちの戦型に飛び込んできて、そこでまた定跡を掘って、そこが好ましくないと思ったら、また元の戦型に戻ったりして…。
そういう意味では、テラショック定跡手法は、作者にコントロールがしにくく、あまり定跡が掘れていない戦型になって欲しくないのですが、原理上、なかなかそれは避けられない部分があるんだなぁと。
ともかく、NNUEkaiと言えば、レーティングサイトでも他のソフトより二回りぐらい強いとされているソフトで、その作者であるたややんさんの最新の評価関数であると言えば、その凄さがわかろうというものです。
その水匠に対して、やねうら王は横歩を取らせるという暴挙。横歩を取らせた時点で、青野流とか勇気流など怖い変化がたくさんあって、後手の指し方が難しいと言われています。(後手不利とまで言えるかはわかりませんが、後手が好んで飛び込むべき戦型ではないとされています。)
水匠は2000万nps程度。(持ち込みPCのため) 一方、やねうら王は4000万nps程度。(AWSのc5d.18xlarge) npsに倍ぐらいの差がありますが、これはスレッド数の差によるものなので、レート差に換算するとR100もないでしょう。
そうすると、レーティングサイト上の計算からすれば、やねうら王のほうが二回りぐらい弱いはずで、その弱いはずのやねうら王が横歩を取らせる。これで果たしてやねうら王側に勝算はあるのかということです。
しかし結果的には、本局はやねうら王側の勝利となりました。
一局で強さを判断できるものでは決してないですが、私の手元の実験では、NNUEkaiやorqhaなど、レーティングサイト上で強いとされている評価関数は、定跡なしの場合は確かに強いのですが、やねうら王互角局面の24手目から対局を開始させた場合や、プロの棋譜の24手目から対局を開始させた場合は、従来の評価関数(例えば将棋神やねうら王の収録しているtanuki-2018年度版)と比較して、ほぼ強くなっていません。
これはつまり、NNUEkaiやorqhaなどは16手目付近までで、勝ちやすい戦型に誘導して(これにより少し優位になって)、24手目以降でその優位さを吐き出しているということになります。
その意味で、従来の評価関数であったとしても序盤の16手目までを優秀な定跡で乗り切れれば、NNUEkaiやorqhaに対して互角、もしくは有利である。これが私の考えです。
ところでここで言う「勝ちやすい戦型」とは何なのでしょうか?
これは、教師局面を生成するときに勝率の高かった指し手と言えると思います。orqhaなどは教師自体はdepth 10,12程度で生成しているようですので、これは1スレッドでの探索ノード(局面)数に換算すると数千~1万ノード程度。一般的な家庭用PCで言うと1手0.01秒程度での対局と言えるかも知れません。1手0.01秒の対局において勝率が高かったと言って、それは1秒での対局でも通用するのでしょうか。(これはおそらく通用します) では、10秒では?100秒では?
どこまで通用するのかはよくわかりませんが、さすがに0.01秒と100秒とではかなりの乖離があるはずです。例えば、(攻めを)受ける側の変化が多く勝つのが難しい戦型だからと言って、それを以て不利だとは言えないことは多々あります。持ち時間が多ければ読みぬけも減りますから、そういう戦型においては受ける側は短時間での対局のときほど負けなくなります。
つまり、NNUEkai、orqhaなどは、序盤において、短い持ち時間のときに勝ちやすい戦型に誘導するのがうまいと仮定すると、これは長い持ち時間においてはさほど強くはない可能性もあります。その真偽はさておき、このように現代は、将棋ソフトの「強さ」を正確に評価するのが困難な時代ではないかという実感があります。
水匠が序盤特化である可能性もそうですが、後手3四歩に対する定跡が一切入っておらず、やねうら王が定跡を抜けるまでに約4分差がついてしまったことや、読みの深さで一手負けする事が多かったことから、途中で逆転負けする土台が出来てしまっていた気もします。 https://t.co/L6IIauhiKa
— たややん@水匠+NNUEkai (@tayayan_ts) May 3, 2019
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もはや2手目34歩は奇襲戦法になったんだな
いまどきのソフトは指さないですからねぇ。水匠がこの定跡を持っていなかったことからも、奇襲的側面は確実にあったでしょうね。
初手86歩の角頭歩戦法に対し2手目84歩と指さないですね。
将棋は奥が深い(笑)
84歩から8筋の歩を交換して87歩を打たせたとしても手得だけなので、34歩としてもっと得しようということですか?
>>やねうら王のテラショック定跡、直前のバージョンまでは初手86歩に対して34歩は決して突かなかったのですが、
単に誤植指摘だと思われます。
初手26歩ですよね。
やねさんのボケ倒しに素で返してよかったんだろうか・・・
ご指摘ありがとうございます。修正しました(`・ω・´)b