256手ルールが前大会から改変されていた件

今回の電王トーナメントで256手ルールが問題になった。

そのあと私は「256手ルールって本当にそんなルールだったか?」という疑問が浮かんだ。以前確認したときはそんなルールではなかったはずだ。だって、256手で引き分けだと言うから、そうなるように(257手目の評価値が引き分けのスコアとなるように)、やねうら王に引き分け時の処理を実装したのだから。

そこで、2016年と2017年とで、この電王トーナメントのルールを比較してみた。

2016年の電王トーナメントのルール

第 22 条
予選リーグ、決勝トーナメント共に、256 手を超えて、対局が続く場合、その対局を引き分けとする。

2017年の電王トーナメントのルール

第 22 条
予選リーグ、決勝トーナメント共に、256 手を超えて、対局が続く場合、立会人がどちらのソフトの負けとも判定せず、千日手でもないときは、その対局を引き分けとする。

見事に改変されていた。2016年のものを私は見たのだ。2017年のものは私はよく確認していなかったし、2016年の仕様のままだとばかり勘違いしていた。(おそらく多くの開発者は同様の勘違いをしていたはず。)

ちなみにWCSC27のルールは次のようになっている。(2016年の電王トーナメントのルールに近い)

手数が256手に達し、審判がどちらのプログラムの負けとも判定せず、千日手でもないときは、引き分けとする。なお、256手目をもって先手プログラムが本条第1項第一号に定める局面になった場合は先手プログラムの負けとする。

2017年のようなルールであれば、思考エンジン設定としては、256手引き分けだと設定するのではなく、258手ぐらい(?)で引き分けと設定し、とりあえず257手目は乗り切れるように設定するのが正しいということになる。本当にこのルールが適用されるならば、であるが。(何故このようなルールに変更してしまったのかは経緯は知らない。確か電王戦のときがそんなルールだったはずで、間違えてコピペしてきてしまったのか?)

この仕様に関して、大会終了直後に日本将棋連盟の鈴木大介常務理事からアドバイスを求められたので、この現在のルールは悪いルール設定であり、256手で即座に引き分け(256手目を指した時点で引き分け、257手目の局面は思考エンジンにサーバー側から送られてこない)とするのが良いという風にお伝えしておいた。おそらく来年の大会(あるのかは知らない)では、元のルールのように256手で即引き分けになると思う。あと、256手というのは近年のコンピュータ将棋の事情としてはやや短いのでもう少し増やしたほうが良いと思うとお伝えしたところ、「それは別途検討します」とのことであった。

256手ルールが前大会から改変されていた件” への40件のコメント

  1. はじめまして。一介の見る将ですが、やね様の知性溢れるトークと違わない開発力が好きでいつも応援させていただいております。
    今回の一件、256手到達時立会人に広汎な裁量が認められる規則、およびそのルールに基づきなされた裁量権の行使と帰結の双方に開発者の皆様・ニコニコユーザーが納得感を抱けずこれだけの騒動となっているように思料いたしました。
    その上で、将棋というゲームに内在する千日手と、大会運営等外的・現実的要請に起因する256手引き分けとでは質的な相違があり、後者はゲーム外の要素につき極力排除すべきであるとの前提に立ち、前ソフトが持ち時間を使い切ることを前提とした日程(仮に1時間では収まらないのであれば短縮)とした上で手数に制限は設けず、数百手後に千日手が出現した場合には千日手ルールに基づき処理する、との対応が合理的なのでは、と愚考いたしましたがいかがでしょうか?

    • > 持ち時間を使い切ることを前提

      切れ負け + 千日手ルールですね。まあ、それも(機械的に勝敗を判定できる)合理的なルールの一つですが、本大会の予選のように持ち時間が切れたあと1手10秒のように秒読み時間が与えられているほうが、時間切れによる指し手の乱れは極力防げるので、短時間のわりには、強いほうのソフトがその実力をきちんと発揮できやすくなるので好ましい意味があるのです。(ところが、入玉模様になると終わらなくなる可能性があるので、この場合256手で引き分けのような追加の条件が必要になります。)

      • ご返信ありがとうございます。

        指し手の乱れにまで考慮が及んでおりませんでしたが、ご教示の通りですと著しくソフトの実力を毀損するようなので、一概に外在的要因とも断言しがたいですね。
        引き分けと判定する手数を先延ばしとした上で、運営側に余裕があるのであれば決勝トーナメントはすべて3局並列とするなどしてリスク分散を図るのが現実的なところでしょうか。

    • > 256手到達時立会人に広汎な裁量が認められる規則、およびそのルールに基づきなされた裁量権の行使

      立会人裁量が認められるのは「盤面が千日手でも勝敗がついたときでもないとき」ですから、詰んでいる今回の局面は、立会人判定以前に盤面でshotgunが勝っていて、それは今年のルール上問題ないわけです。
      (もし「立会人裁定で引き分け」になっていたら、そのほうがルールの適用を間違っていたことになります)

      だから、今年のルール変更が参加者にも立会人にも周知徹底されていなかったことが問題です。
      あくまでも結果的には、ですが、shotgunの257手勝ちを公式結果にしたのは、今年のルールの正しい運用だったということになります。

      • ご返信ありがとうございます。

        記事本文にも引用がありますが、第22条は
        「予選リーグ、決勝トーナメント共に、256 手を超えて、対局が続く場合、立会人がどちらのソフトの負けとも判定せず、千日手でもないときは、その対局を引き分けとする。」ですから、256手を超えて対局が続いた場合は立会人判定と千日手以外はすべて引き分けとなるとの規定です(「勝敗がついていないとき」への言及はありません)。

        本件で若干混沌としているのは、256手以降もサーバが指し手を受け取ってしまったため、「256手を超えたが対局が続かなかった場合」として第22条を適用するまでもなくshotgun勝利、との判断がなし得、ご返信ではその解釈にお依りになっていると拝察いたしました。
        しかしながら生放送視聴の限りではその構成はとられておらず、「立会人判定」としてshotgun勝利が宣告されておりますし、ルール起草者も「256手を超えたが対局が終了した場合」を想定しての条文ではないと思われます。

        よって運営の採用した構成(立会人判定)であるなら裁量の内容(本来存在し得ない257手目を考慮する一方、yorkieがより長手数を選択しなかった理由は看過)に疑問がありますし、「256手超対局不継続」を認めるかは条文から当然に導けるとまではいえない解釈論の部分ではないでしょうか。

  2. 257手目の指し手を見て立会人が勝敗を裁定するのは納得しかねる大会でしたねー。
    立会人の判断で下せるのもトラブル発生時であって、23条にある立会人の勝敗判断から外れたものじゃないかな?とも思いますし。
    局面が劣勢だったのは誰が見てもそうですが、ゴングに救われたと思ったらゴング後に殴られてKO負けというのが。

    • 運営側としては独自性の部分は検証が難しいので(ソースコード提出してもらったとしても精査するのにはすごく手間がかかりますし..)、タッチしたくないようでしたよ。

  3. 256手ルールは、「これ以上は決着が付きにくく間延びする」「これまでの棋譜的にも十分な長さ」「コンピュータ将棋にとって美しい数字」を満たす偶然にもちょうどいい数字だったと思いますが、近年の長手数化に対応するためには更新はやむを得ないかもしれませんね。

    ただ、やるならWCSCと足並みを合わせたほうが、開発者の開発・戦略両面の負担が少なく、見るファンの混乱も抑えられると思います。

    ところで、仮に512手などにした場合、特に512手に近づくにつれて、結局は人間が見てつまらない指し手が続いてしまう懸念はあります。256手ルールにかかわらず、すでにコンピュータ将棋にとって入玉・持将棋もようは人間将棋よりはるかにゲーム性を左右する要素になって(しまって)いますが、ひょっとすると将来はさらにその傾向が強まって、チェス並に引き分けだらけになるかもしれません。純粋に、人間が見ておもしろいかどうかという点では、議論を呼ぶでしょうけど、トライルールなどを導入したほうがよいような気もします。もっとも、「対局の七割が512手を超えて引き分けになる」のと「対局の七割くらいはトライを争うゲームになる」のとでは、どのみち古き良き将棋とはかけはなれてしまうかもしれませんが。

    • > やるならWCSCと足並みを合わせたほうが

      いや、電王トーナメントのルールは常にWCSCルールをリスペクトしてますよ。基本電王トーナメント側がWCSCルールに合わせて、その上で必要な内容を補うかたち。
      WCSC側で電王トーナメントに合わせたのは、25分切れ負け→15分10秒への持ち時間変更くらいです。

      やねさんが「間違えてコピペ」とされた部分は、これは明確にWCSCルールへの適合、でしょうね。

      ちなみに、私も結論としてはやねさんと同じく「256手終了時で対戦サーバがmax movesと処理して引き分けとすべき」という考えですが、現行ルールが悪いルールとは思わない、という点は異なります。
      盤面での決着を優先させるべきと思うからです。
      その上で、このルールが適用される局面は、宣言勝ち機能がなかったり、詰みルーチンが壊れてるソフトの対局くらいでしょうから、そういうソフトの対局を立会人が判定するのは違和感がないだろうからです。

      • > やねさんが「間違えてコピペ」とされた部分は、これは明確にWCSCルールへの適合、でしょうね。

        ありゃ。そうなんですか。いま旅行中なので、帰宅したら見てみますね。

      • > 盤面での決着を優先させるべきと思うからです。

        これはそうなっているのが理想ではあるのですが、その実装が現実的にはわりと難しいという技術的な理由があります。256手で必ず引き分けであれば思考エンジン設定のmax moves = 256として実現すれば良いのですが、257手目の局面で詰んでないことや優勢であるや時間を残していることを目的としようと思うと、max movesで処理できなくなります。(max moves = ∞として扱うことになります。) ところが、その場合、257手目で時間をどれだけ残すのかだとか、どれくらい優勢であるべきだとか、このへんに付随するルールによってベストな実装が変わってきます。わりと面倒くさそうではあります。

    • 「トライルールなどを導入」に替わる、トーナメントでも(ほぼ)必ず決着を付けるための案。

      「256手で決着が付かない場合は、プログラムのバイナリ容量の小さい方を勝者とする」

      コンピュータのスペックを統一する電王トーナメントならではの視点なので、これこそWCSCとは共有し得ないかもしれないけど。

      山本さんの「定跡にあらがう」発言に触発されて思いつきました。

      • バイナリ容量小さいほうを勝者とする場合、評価関数バイナリを圧縮しといて起動時にメモリ上に展開する処理が必要になったりしてそれはそれで地獄のようなw

        • ソースコードに比べればバイナリってそこまで圧縮余地がないもんだと思ってました。
          ひるがえって、もっとシンプルに「256手時点の消費時間の少なかったほうを勝者とする」も戦略性という点ではおもしろそう。ざっくりイコール消費電力だと思えば、バイナリ容量よりも電王トーナメントの理念にマッチしていそう。

          • 定跡0(1)秒指しの価値を高めちゃって山本さんの理念とは逆方向かもだけど。

  4. 256手で原則引き分けなのに、立会人が257手目の局面を見て勝敗を判定するのはおかしいでしょう。立会人が何を理由に勝敗を判定してもいいのか?って話になります。大げさに言えば鼻毛出てるから負けっていうのと同じ。鼻毛は勝敗とは関係ないように、257手目の局面も関係ないでしょう。
    ドレスコードのあるレストランで短パンで入店できて、注文し料理まで出てきてるのに、そこから短パンにいちゃもんつけられて店放り出されようとしたらそりゃ気分害しますよ。私は見てて裁定に対して不愉快過ぎました。もっとみんな怒ってほしかった。

    • > 256手で原則引き分け

      それは去年までのルールですから、去年までのルールならおかしいけど今年のルールでは何もおかしくない。
      それに、立会人が判定するのは「257手目以降で盤面が負けでも千日手でもないとき」って明記されているのですから、257手目で後手が詰んだ昨日の対局で、先手が勝ちになるのはなんの問題もないですよ。

      勝又さんが「立会人判断で先手勝ち」と言ってしまったのが問題であって、257手目での詰みは22条に照らして認められる、と宣言するべきだったのです。

      • なら遠山もポナンザ対ぽんぽこ戦で盤面がポナンザ勝ちだからポナンザ勝ちにするべきだったのでは?
        将棋連盟の対応がいつも行き当たりばったりで人によって答えが違うから怒ってるのです
        前日から一貫した対応を取っていればここまで揉めなかった

        • >盤面がポナンザ勝ち

          入玉宣言って、あくまでも宣言する権利があるだけで、宣言しなければ対局続行ですよね。
          つまりponanza対ぽんぽこの257手目の盤面「だけ」では一意に勝敗が決まっていないわけです。

          で、規定上、256手を超えて対局が続く場合の立会人の判定局面が、256手目なのか257手目以降なのかは、定まっていないわけですよ。
          だから、257手目にponanzaが宣言コマンドを対局サーバに送っていたとしても、256手目の盤面で判定すれば、どちらの負けでもなく千日手でもないという立会人判断は、合法的にできるわけです。
          (これが問題になるのは、実質的には256手目と257手目が全く同じ盤面である257手目の入玉宣言だけだと思います)

          なので、遠山立会人の「256手目時点で勝敗決せず」判定による「22条による引き分け決着」も、勝又立会人の「257手目での詰み」判定による「21条での勝敗決着」も、どちらもルール上は適正です。
          (どちらのケースも、勝敗は23条に基づく立会人の判断ではなく、盤面によるものであることに注意してください)

          • 念のため付言すると、私は「すでに起こってしまった元に戻せないことは、できるだけルールを犯しておらず、そのような判断が誤りではなかった」ということにできれば、大会の正当性にケチがつかない、という観点で規定を考察しているのであり、遠山立会人、勝又立会人のそれぞれの判断や言動が適切であったか、また今回の電王トーナメントのルールが適切であったか、については評価を差し控えています。

          • つまりあなたは、86銀に対して同玉と取っていればまだ合法手がある局面だったので引き分けにするべきだと考えているわけですね
            明らかに詰んでいて256手という基準があるにもかかわらず257手目の局面で合法手があるかで勝敗を決めるのであれば明らかに先手が一手多く指せる分超有利ですね

      • まず「257手目以降で盤面が負けでも」なんていう文言は明記されてません。「256手を超えて、対局が続く場合」と明記されています。
        257手目の盤面は勝敗を判定する理由になるとは明記されてません。勝敗は立会い人の裁量で、その理由は何でもあり、これがルール。とおっしゃりたいのでしょうが、じゃあ、その理由はなんでもいいのか?というのが争点なのです。
        1日目を踏襲しないでいいのか。立会人のヨーキーに対する独自性はないという偏見はなかったか。引き分け再試合が一番すっきりした解決方法ではなかったか。答えは明らかでしょう?

  5. >ちなみにWCSC27のルールは次のようになっている。(2016年の電王トーナメントのルールに近い)

    「2017年の電王トーナメントのルールに近い」ではないですか?

    • 256手目のあと257手目の局面はサーバーから送られて来るか来ないで言うと…
      2016年の電王トーナメントのルール → こない。
      2017年の電王トーナメントのルール → くる。(かも)
      WCSC27のルール → こない。

      ゆえに、「2016の電王トーナメントのルール」≒「WCSC27のルール」(=「WCSC26のルール)

  6. 極真大会のエピソードを思い出しました。
    「止め」の後にキックが入って一本勝ち判定。引き分けを主張したが、空手は最後に立っていたのが勝ちだ、止めの合図で気を抜いたのが悪いとの大山会長の一声で。

    まあ、それは余談として、トーナメントで引き分けは進行に悪影響なので、なるべく決着つけようと言う方向なんでは。
    1日目と2日目の運用が違うのも合理的と思います。

    プログラムの世界と人間社会の接合部で人間側の都合を優先させたのではありますが、そんなに問題あるとは感じません。

    数学的論理的には美しく無いですが、そもそもこのレベルの勝負を一発で決める時点で運のしエンターテイメントですしおすし。

    ただ、人間的裁量をきかすには、判断権者に大物感、カリスマが必要なので、教授には気の毒だったなと。
    ここまでコンピューター将棋に尽力されてきたのをみんな尊重してあげて欲しかったです。

    • ヨーキー対ショットガン対戦中のヨーキー開発者さんへのインタビューで、独自性に関しては見ている私たちに「独自性ないんじゃないか?」と誤解してしまうような内容でしたが、私自身は、運営が認めてるんだし、4駒の実装に向けて頑張ったんだし、何より予選2位という立派な成績で通過してるんだから何らかの微調整は施してあると得心していました。その時、一方でこのまま勝ち進んで、ラッキーパンツで頂点に立ってしまったらと考えるとソワソワした感情が芽生えました。
      長年コンピューター将棋に尽力されており、立会人という立場であれば、そのソワソワ感が次第に使命感的な焦りに変わり、映し出された盤面が257手目を見て「時は来た」となったんでしょうね。みなさんの意見を聞けて、なんとなく心の機微を理解できた気がして納得できました。ありがとうございます。

  7. これは結果的にかなり面白いルールの穴問題になりましたね。

    22条を読めば、256手になる→立会人が「勝敗」を「判定」する→勝敗が付かない場合は引き分けという流れで、この「勝敗の条件」は23条に挙げられている物という事になる。
    Yorkieの方は「一 将棋のルールに則った指し手が存在しない局面になった場合。」という勝敗条件に該当している(詰みの局面)ためShotGunの勝ち。
    Ponanzaの方は「四 相手が正当な入玉宣言を行った場合。」に該当していない(手数の中で宣言していない)ので引き分け。
    という事になるので、結果だけならば全てルールの運用として間違っていなかったという事になると思います。

    ルールの認識不足が当事者も含めて多かった事と、立会人を「勝敗の決定者」のように感じていた事が、多くの人がとっさに納得できなかった理由でしょうねー。

    • ああごめんなさい、書き込んだ後に局面をチェックしなおして勘違いしていることに気が付きました。
      256手の時点ではYorkie詰みの局面ではなく、257手を指した結果詰んだという物なので、これは勝敗条件1に該当していませんね。
      だから勝敗をつけることはできず、ルール上は引き分けと明確に言えますね。

      となるとやっぱり、立会人が勝敗を「決定」してしまった事が問題だったという事に・・・

      • 256手で勝敗判定義務があるとは読めません。
        256手目で中断して時計を止めるとかの規定がない。
        立会人が来るまでは260手でも270手でも指し継がざるをえんでしょう。
        予め立会人呼んでおくんでしょうが。

  8. 空前絶後ごのぉ 超絶怒涛の天才プログラマー 笑いを愛し 笑いに愛された男
    ぽんぽこ ショットガン エルモ  全ての思考エンジンの生みの親ぁぁ!!
    貯金残高 90兆円 そう我こそはぁぁぁ!! サンシャイン磯崎  ジャスティス!

  9. 最終局面しか話題になりませんが,現場からコメント残します。
    shotgunは正直探索速度,スレッド数ともに負けてるので局面が優位と言っても用意ではありません。
    正確には記憶してませんが230手半ばくらいで先にYorkieが引き分けを読み切りました。
    その後数手でうちのmateが出ました。
    という順序でしたが,うちのmateが評価されたと解釈しています。
    即詰みを読み切った時点で勝ちと言うのがプロの発想でしょうか。

  10. 正直、いち視聴者としてはあそこからもう一試合、しかも優勝決定戦でもないのにさらに2時間近く延長戦はちょっと…しかも次なら決着がつくって保障も無いわけですし。
    せめてやるなら予選ぐらいの持ち時間でやって欲しいです

  11. コンピューター将棋1感染者の意見として、決勝トーナメントは全部3局並列で言って欲しかった
    その方が興行的に見栄えも良いし、256手問題も納得し易かったかなっと

  12. ボクシングの判定のように、256手時点での局面を前回1位〜3位のソフトに解析させて優勢な方を勝利とするのはどうでしょうか。

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