将棋AIの世界では角換りが先手必勝だと言われ始めた。定跡を使うと弱いソフトでも先手は強いソフトに一発入れられる可能性が出てきた。
そこで注目され始めているのが、振り飛車である。
…と言うと将棋AIに精通している人たちは、「いやいや、振り飛車なんて飛車振った瞬間、AIの評価値は-200とかになりますやん?」と言うだろう。
それはその通りである。
確かに将棋AI同士の戦いでは、居飛車側の期待勝率は55%程度であり、振り飛車の評価値が低めに出るのはその期待勝率を反映したものである。このため、5年ぐらい前から「(将棋AI同士の戦いにおいては)振り飛車は終わった戦法」と言われてきた。
それでも振り飛車の定跡をひたすら開拓し、将棋AIの大会で振り飛車に拘るチーム(HoneyWaffle、Qhapaq)もあり根強い人気があった。
※ 2020年末の電竜戦TSECの指定局面戦では、優勝したBURNING BRIDGEチームが騨奎紫(たけし)と言う振り飛車に特化した評価関数を用いていますが、これは平手の初期局面から対局する普通の大会とは違うのでいまは除外しておきます。
難しいと思われていた角換りで定跡の整備がこんなに進んだのだから、対振り飛車は、もともと居飛車の方が期待勝率が高いのだし、簡単に振り飛車相手の必勝定跡が作れるでしょ?と思われるかも知れない。
しかし、これは間違いなのだ。
よく考えて欲しい。角換りでなぜ必勝定跡が作れたのか。
それは、角換りは変化が非常に狭いからである。
変化がなぜそんなに狭いのかと言うと、角換りでは角をお互いに持ち合っているので変に駒を動かすと角を打ち込む隙ができてしまう。だから、動かせる駒に強い制約がある。
おまけに、角という大駒を手持ちにしているので、大技がかかりやすいのである。豪快に飛車をぶった切って角を打って先手優勢みたいな変化は山程ある。
つまりは、角換りは、下手なことをすると簡単に形勢が傾くので変化がそれほど広くないのである。だから定跡の整備は圧倒的な棋力があり、かつ、相手の指し手がわかっているから(特定のソフト相手の指し手だけを調べれば良いならば)、先手必勝の定跡が作れたということである。
対して、振り飛車はどうだろうか。
ノーマル振り飛車、すなわち角道を開けていない場合について考えると、駒組みとして色んな変化がある。先手もかなり自由に駒組みできるし、後手もかなり自由に駒組みできる。先後の駒組みの組み合わせが膨大になることは想像に難くない。
おまけに、開戦するまで形勢が傾かないので必勝までの定跡を作ろうと思うと変化が膨大なものになる。
結論としては、ノーマル振り飛車で定跡を完全に整備するのは現段階では不可能に近いのだ。(角交換型とか角道が開いている場合はこの限りではない。) 同様の理屈で、矢倉のように駒組み合戦が続く戦型も定跡の整備が難しい。
定跡が整備できなければ、(対振り飛車の)居飛車側の期待勝率は55%でしかないので、必勝と言うにはほど遠い。また、レーティングが自分より100高い相手が振り飛車をしてきた場合、居飛車側の期待勝率は50%ないと思われる。要するに自分よりちょっと強いプレイヤーが使う振り飛車にはなかなか勝てない。
逆に振り飛車側は三間飛車ならば三間飛車と言うように特定の筋に振る振り飛車の定跡だけを掘っていくことができるので、振り飛車側は自分が使う定跡をある程度一方的に整備できるのである。
こうなってくると、互角ぐらいのプレイヤー同士の戦いでも相手だけが深くまで定跡を整備していることになるので、序盤で居飛車側だけが時間を使わされて、中終盤の持ち時間が相対的に減り、これがR50ぐらいのハンデを生み出してしまう。
また、いまの上位チームは、教師データ自体、ほとんどが居飛車同士の戦いになっていて(それが最善だと思っているから、教師データを生成するための自己対局においてそれ以外の戦型が出にくい)、そこから評価関数モデルを学習させているので対振り飛車は苦手なのである。
これらの結果として、定跡を十分整備している振り飛車相手に居飛車側が勝率5割を超えられるかが怪しくなってくる。
しかしだからと言って大会で上位チームが振り飛車を採用するかと言うと、そう話は単純でもなくて、振り飛車のために相当定跡を整備しないといけないから、振り飛車に対する愛みたいなものがなければやってられないと思う。
それほどの熱量を持った開発者が、HoneyWaffle、Qhapaqチーム以外にも現れるのであろうか。今後の将棋AIの大会が楽しみである。
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つまり、振り飛車が有利になるような状況が見えるような深さに到達する以前に横に広がり過ぎちゃうから、まだ一般人が手に入れられるようなレベルのPCを使っていては研究にならないということですか?