さくらインターネットの機械学習ナイトで発表してきました

私のほう、発表資料の準備があまり出来てなくて、そして、こういう発表に不慣れで聞きづらかったと思う。聞きに来てくれた人たちには申し訳ない。

私としては、もっと経験を積みたいので、今後もこういう機会を大切にしていきたい。今回、会場を提供してくださった、さくらインターネット様、そして、発表の機会を与えてくれた有山さんに感謝いたします。

あと、おまけとして、以下に発表内容の一部を文章として丁寧に書き残しておく。(注 : 発表予定になかったことをその場の思いつきで延々と話したので、当日はこんなにうまくしゃべれてませんでした。)

>>> 書き起こしここから

やね「DeepMindがAlphaZeroと囲碁と将棋、チェスの3つのソフトを作ったよ、という論文を発表しました。3日前のことです。ご存知の方、挙手願いします。」

(場内の7割ぐらいの人が挙手)

やね「DeepMindはAlphaGoという囲碁ソフトを作っていたのですが、そこで培った手法でぶっちぎり強い将棋とチェスのソフトを作ってみたよというのが今回の骨子になります。特徴としては、プロの棋譜などを用いずにゼロから学習させているところがまず挙げられます。ただ、将棋に関しては、ゼロから学習させて、プロレベルの棋力の将棋ソフトにするというのは、やねうら王が今年の6月ごろに成功しています。大学の先生などは、凄い成果なので論文誌『Nature』に投稿すべきだとか言ってくださったのですが、当方、“姉ちゃん”には興味はあっても、『Nature』には興味はございませんので論文は書いておりません。」

(会場から笑い声)

やね「AlphaZeroの別の特徴としては、ドメイン固有の知識がほとんど入っていないことです。将棋のルールだけを教えて、あとは勝手に強くなったという感じで、探索手法もMCTSを用いているようです。(ここでMCTSの説明が簡単に入る。) これまでの将棋ソフト―――例えば、やねうら王では、MCTSは用いていません。ではこれまでの将棋ソフトは探索には何を使っていたのでしょうか?将棋ソフトのソースコードを読んだことがあるという方、挙手願います」

(会場、2名が挙手)

やね「では、そこの方。これまでの将棋ソフトは探索に何を使っていたのでしょうか?」
一人目の人「αβ探索?」
やね「はい、正解です。ではαβ探索は誰が発明したのでしょう?」
一人目の人「わかりません」
やね「では、もう一人の方。(そちらにマイクを持って歩いていく) おや?これは芝先生ではないですか?」

やね「(他の参加者のほうを見渡しながら)芝先生は、先月の第5回将棋電王トーナメントで準優勝に輝いたshotgunの作者です。芝先生。さて、αβ探索は誰が発明したのでしょうか?」
芝「(手をぶんぶん横に振って、自分にはわからない、のジェスチャー)」

やね「(マイクを持って、元の発表席に戻りながら)そうなんです。コンピュータ将棋開発者でも、αβ探索を誰が発明したか、普通知らないのです。僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう(歌)…αβ探索はあったんです。もしかすると、将棋ソフトの開発者の人たちは、宇宙誕生か天地開闢以来、そこにあったんじゃないの?ぐらいに思っています。それくらい当たり前の存在なのですが、ちょうどAlphaZeroの話が出てきたのでαβ探索の歴史について簡単にご説明しましょう。(このへん何も準備していなくて口頭での説明が続く。しんどい)」

やね「私の記憶によれば、αβ探索を最初にオフィシャルの文書で書いたのは、ジョン・マッカーシー(John McCarthy)です。この人は、LISP言語の開発者としても有名ですね。1956年に人工知能の初の会議と呼ばれているダートマス会議が行われるのですが、その前年(1955年)に書かれた、ダートマス会議の準備文書のなかでαβ探索について触れられていたかと思います。この1956年に開催されたダートマス会議のことはご存知の方も多いかと思いますが、この会議がなければ人工知能のいまがなかった―――本日の機械学習の勉強会もなかった―――ぐらいに、人工知能にとって重要な会議だと言えます。」

やね「その参加者には、人工知能の父として知られているマービン・ミンスキー(Marvin Minsky)もいました。ミンスキーはこの会議に参加して、人工知能って面白そうだな?いっちょ研究したろかい!と思って、人工知能の研究をはじめたわけです。この会議がなければ、ミンスキーは人工知能なんてやっていなかったでしょう。この会議の2年後、彼は『Perceptron』という著書のなかで、パーセプトロンというアイデアについて書きました。これがその後、レイヤーが多層になり、バックプロパゲーション法が発明され、それが現在の深層学習へとつながっているわけです。」

やね「つまり、αβ探索と深層学習。そのどちらも60年余り前にその基礎はダートマス会議において誕生したものです。それが60年余りの時を経過して――― αβ探索を用いた将棋ソフト、深層学習を用いた将棋ソフト ――― が、3日前に邂逅したのは壮大なドラマでありましょう。いまのところその棋力はさほど離れてはいません。そして、この壮大なドラマはまだ始まったばかりです。」

(次の話題へ行く)

<<< 書き起こしここまで

追記 2017/12/11 : 上の文中で書いたミンスキーの業績、私の勘違いで、間違えて書いていたので訂正があります。コメント欄をお読みください。申し訳ありません。

さくらインターネットの機械学習ナイトで発表してきました」への7件のフィードバック

  1. 「僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう」←本スピーチのサビはここですか?

    • 人工ニューロンの開祖としては、確かにウォルター・ピッツの”A Logical Calculus of the Ideas Immanent in Nervous Activity”を真っ先に挙げるべきかも知れませんね…。本記事の話の展開のなかに組み込むのは難しいですが。

  2. とても興味深いです。私はプログラミングはさっぱりですが、このようなお話を屋根さんの口から語られると、とても面白く感じられます

  3. パーセプトロンを考案したのはローゼンブラットで、ミンスキーは「パーセプトロン」(1969)で当時のパーセプトロンが線形分離可能なものしか学習できない事を示して第一次AIブームが終わったのでは。

    • あー!そうか、そうでした!!
      本文で書いた「2年後」(1957)って、あれか。ローゼンブラットがパーセプトロンを考案した(論文を発表した)年ですか。
      これが、ミンスキーの書籍の『Perceptron』(1969)と私の頭のなかでごっちゃになってました。そうかそうか…。
      記憶に頼って書いたので、間違えてました。ご指摘ありがとうございます。

      そうなると、ダートマス会議(1955)は
      ・αβ探索の発明者(マッカーシー)
      ・その後、パーセプトロンに関して批判して第一次AIブームを終わらせたミンスキー(この批判がなければ、第一次AIブームはもう少し長く続いていたはず&いまの深層学習のブームはもしかするともう少し早く到来していたかも?)
      の出会いの場であったということなんですね…。

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